研究
ちょっとこれまでの研究概要
大学院の博士後期課程から現在まで「安定同位体の測定と理論計算を用いた惑星大気の硫黄循環の解明」というテーマで研究を行ってきた。博士論文では、エアロゾル生成機構解析に安定同位体を応用し、硫酸エアロゾルの大気化学的重要性を指摘した。
博士後期課程を修了後、さらに硫黄安定同位体を用いた研究を行ったところ、地球大気の化学組成は 46 億年の地球史と生命活動の変化の結果、劇的に変化して来たと考えられるが、温室効果ガスや酸素濃度の変動は未だ定量的見積もりになっていない。中でも硫黄大気循環は硫酸エアロゾ形成を通して放射平衡に影響するため、地表気温とその変動にとって極めて重要である。しかし化学種の気化学過程は不明な点が多く、その気候変動の関わりは素過程の解明により大幅に変更される可能性もある。この間題の原困は硫黄同位体異常の素過程が十分に理解されていないことにある従来の室内実験によると確かに紫外線による SO2 光解離では大きな同位体異常が生じるのだが、その分別様式はわずかな実験条件によって変化してしまい、実測された同位体記録を再現するにはほど遠いものであった。そこで応募者は SO2 分子の紫外吸収断積を用いると光解離時の同位体分別係数が求まることに着目し、分光学的な実験により SO2 同位体分種それぞれの紫外及収スペクトルを初めて実測し、世界に先駆けて発表した。この実験の結果、光解離の成物が示す異常な同位体組成は照射される紫外線波長の関数となることを示した(波長依尭同位体効果)。すなわち多種硫黄同位体組成を用いると O2 だけでなく他の分子の古大気濃度についても制約が与えられる事を示している。
また現在地球大気に関しても成層圏硫酸アエロゾルは地球放射収支負の影響を与えるため寒冷化要因の一つとして重要である。このため地球温暖化対策として成層圏へ人為的硫黄化合物を注入する「ジオエンジニアリング(気候工学)計画」がノーベル化学賞受賞者である P. Crutzen 博士らにより提案されている。しかし、気候工学は効果と副作用で大きな不確実性があるため、様々な因子を正確に考慮したシナリオを用いた大規模モデル相互比較の必要がある。このため硫黄安定同位体を用いたことにより成層圏硫黄循環を高精度・高確度な解析を可能にするのは、現在行い続けている研究である。
只今もりあがっているトピック
宇宙と化学
星間雲から原始惑星系までの進化は、どのようにして分子の安定にたどり着いたのか??星間雲で観察される有機分子はどのように進化したのか?炭素、窒素、酸素原子はどのような化学反応によって多様な分子を生成したのか、つまりどのような化学反応ネットワークの出流物なのだろうか?化学反応ネットワークというのは、様々な反応の速度定数から構成され、生成できるもの、生成できないもの、生成できたとしても壊れやすいものの支配的なパラメーターである。宇宙化学の分野では数えきれないほどの反応速度定数が長年研究されており、蓄積されたデータはデータベース化され、現在数値モデル研究に導入されている。
光解離反応における反応速度定数を求める以前に、分子の紫外線スペクトルを求める必要がある。つまり、様々な分子とその同位体の紫外線吸収断面積と光解離反応機構を研究するには、化学モデルを用いて星間雲有機物の生成と紫外線の安定性を求める必要がある、しかし、吸収スペクトルを実験的に求める際、高真空‐低温状態である星間雲状態を再現するのは困難であり、計測から得られるデータは星間雲の実際条件と大きく異なる。さらに氷のなかで存在する有機分子の紫外線エネルギーによる安定性、光解離、同位体濃縮を調べる必要がる。
私は吸収紫外線スペクトルにおける同位体効果を長年研究しており、非断熱遷移と交差効果を計算方法によって導入することに成功し、計算値と測定値間において高いレベルの再現性を実現した。図では実験値と計算値の比較を示す。また、励起状態と非断熱遷移を考慮した分子ダイナミックスの計算が可能になったことによって、数十原子クラスターの光解離反応の研究も可能となった。第一原理計算の信頼性が確立されたことで、今後は研究領域を実験では計測できない条件まで拡大していきたい。
``